日本一の清流宮川の最大の支流大内山川の源流・水と空気・自然で有機,無農薬で大切に育て上げた安心・安全な作物です。

膳〈ZEN〉のあゆみ

農地がなくても、経験がなくても、何かすべきことがある。 放棄耕作地平成11年に40年余勤めてきたサラリーマン職を引退し、農協のLPガス検査員として三重県全域の家庭を訪問していた頃、訪れる市町村で耕作放棄された農地をいくつも目にしました。自宅と会社を惰性的に往復していた頃はさほど気にしなかったのですが、こうして改めて見てみると、特に自分の住む地域周辺に、これほどまで多くの放棄耕作地があったとは。持ち主を失い、後継者もおらず、ただ荒廃していくだけの田畑。 このままでいいのだろうか。
なにかすべきことがあるのでは。
ソバ作地農業など手伝い程度しか経験がない私でしたが、ここで一念発起。気の合う仲間3人でグループ「膳<ZEN>」を起ち上げ、都会へ転出した地権者から放棄された農地を借入し、復旧作業に取り掛かりました。元々荒れ地なので特に失敗のプレッシャーはありませんでしたが、やるからには手抜き無し。
平成13年、大内山村(現在は合併により大紀町大内山)村長、助役、農林課職員の方々の協力も得つつ、大内山酪農から借用した大型農機で約50アールの耕地を整備し、まずはソバ栽培を試みることにしました。ソバ栽培先進地の視察の際には、三重県中央農業改良普及センターの西嶋先生とも知り合うことができ、多くの助言をいただきました。
マコモ作地平成15年、西嶋先生の勧めによりマコモ栽培を開始。
しかしこの頃、メンバーのひとりが病に倒れ、志半ばにして逝去。もうひとりのメンバーも本職を持っていたため余暇でしか活動できず、グループ存続の危機を迎えましたが、亡き友の遺志と、共にここまで復旧させた耕地を無駄にはしたくない一心で細々と活動を続けてきました。
その努力が実を結び、平成18年以降、徐々に新しい仲間が加わり、現在では5人のメンバーでグループを構成、約1.5ヘクタールの休耕地を借り上げ農作物栽培に力を注いでいます。

幼い頃に唄った懐かしい童謡。その中にある自然を現在に再現したい。 大内山米ヶ谷の自然昨今、「エコ」や「環境破壊防止」という机上論のもと、良き時代の風物詩であった“焚き火”や“野焼き”が煙公害として禁じられるようになりました。
初夏の“虫送り”や冬の“焚き火”は、そのシーズンに発生する病原菌や害虫・害獣の棲息数をコントロールするための知恵に基づく、古くから地域に根ざされた習慣であると同時に、大切な日本の原風景でもありました。
『人が手を加えない、触れない、利用しない』私にはそれが自然保護だとは思えません。
『自然と伝統の中に生き、消費したものはまた作り育てる』そんな生活環境を維持・再現することが本当の自然保護活動ではないでしょうか。
童謡に唄われているような、懐かしさで胸が心地良く痛むような風景を何とか再び甦らせたい。そのためには、現状に対しどう行動すれば良いのか。それが今の私の、最大の儚いテーマです。

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